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22   勝負師の一瞬の凄み

11月19日(木) 00:00

◆大山康晴十五世名人には、新聞社の東京支社時代、詰め将棋の原稿をもらうため何度もお会いした。千駄ヶ谷の将棋会館や荻窪の自宅から都内のホテルまで、場所はいろいろだったが、一度も締め切りに遅れることなく原稿を渡してくれたものだ。今から20年ほど前のこと、名人は最初のガン手術から体調も回復されたころだった。

◆そのころのことは、名人の没後に出版された将棋ライター、河口俊彦さんの「大山康晴の晩節」に詳しい。名人の勝負師としての本当の凄み、つまり「偉大さは、全盛期より、棋力、体力の落ちた晩年にあらわれている」と。名人が棋界に長く君臨した要因として、河口さんは技術のほかに「人間的な威圧感」を挙げている。

◆私たち記者には、いたって気さくで、どんな質問にもいやな顔もせずに答えてくださった。勝負師というよりも好々爺という印象だったのだが、一度だけその凄みに射抜かれるような経験をしたことがあった。前人未到の公式戦1,400勝達成を間近にしての心境をインタビューした時のことだった。ホテルのロビーで最後に写真撮影をお願いし、名人に立っていただいてカメラを構えた時のことだ。

◆「ここは首が切れてまずいね」と名人。初めは何のことか分からなかった。ファインダーをのぞいて、足が震えてくるような驚きを覚えた。なんと、ホテルの壁と床が交わる線が、ちょうど名人の首のところを横切っていたのだった。大記録目前にげんかつぎは当然あるのだろうが、「この人は後ろに目がついているのではないか」、いや、それ以上にカメラを見て自分の首を壁と床の線が横切っていることが瞬時に分かるとは! 大げさに言えば、相手を見通してしまう"殺気"のようなものを感じたのだった。

◆倉敷市にとって11月は、将棋の月である。倉敷の生んだ不世出の大棋士の功績をたたえて創設された「大山名人杯倉敷藤花戦」が開かれるようになったからだろう。第17期戦の今回、11日に東京の将棋会館で第一局が行われ、17歳の里見香奈・倉敷藤花が先勝した。第二局は22日に倉敷市芸文館である。挑戦者・22歳の中村真梨花女流二段との新世代対決に興味は尽きない。