11月6日(金) 00:00
◆11月3日、倉敷市芸文館アイシアターであった「第3回おやじバンドコンテスト」を存分に楽しんだ。往年のエレキ少年達が何年かぶりにバンドを組んで演奏する、といったたぐいを想像した人は驚かれたのではないだろうか。どのバンドもかなりのキャリアを積んでおり、相当のレベルである。「燃やせ!おやじ魂 あの青春をもう一度!」。おかげでこちらもキャッチフレーズ通りに、少し甘酸っぱい、愉快な時間を過ごすことができた。
◆エレキ少年達が登場したのは、1960年代だった。あの時代に日本のポピュラー音楽も、大きく変化したようだ。それまでは、美空ひばりや三橋美智也、村田英雄など歌謡曲一色。いまの熟年世代、中でも団塊の世代は、家のラジオや繁華街に流れる流行歌に包まれて育った。そこには大人も子どもも一緒に口ずさめる日本の歌があったのだが…。
◆変化の兆しは、ラジオから始まった。50年代からエルビス・プレスリー、パット・ブーン、コニー・フランシスなど、いわゆるポピュラー・ミュージックが、深夜放送から聞こえ始めていた。が、やはり決定的な影響を与えたのは、ビートルズとベンチャーズだったろう。ベンチャーズ登場の衝撃については、直木賞受賞作の芦原すなお「青春デンデケデケデケ」が、同世代の思いをユーモラスかつ痛快に伝えてくれている。
◆ビートルズとベンチャーズ、初めて聞く種類の音にたちまち引き込まれたものだった。中でも「自分達の手で音楽を生み出したい」と楽器を手にする者が出てきたことが大きかった。それまでの歌謡曲といえば、作曲家、作詞家がいて、楽団があって、歌手がいるという、ほぼ完全な分業制。やがて加山雄三(弾厚作)や寺内タケシ、そしてフォークソングまで自作の曲を歌い、演奏し、シンガー・ソング・ライターなる言葉も生まれた。
◆もちろん少年達の多くは、楽器を手にオリジナル曲をなりきって歌い、弾くだけだったが、これがなかなかイカした(今で言うカッコいい、か)。私自身はラジオとレコードで聞くだけだったが、ガンガンとエレキ音を響かせ、ドラムをたたく彼らがうらやましくもあったのだ。KCTでは「おやじバンドコンテスト」の模様を14日に前半、15日に後半に分けてお届けする。テレビの前でもう一度あの時代に帰ってみたい。