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19   答えを求められない読書

10月27日(火) 00:00

 
◆始業前の倉敷市立南中学校へ、先日お邪魔した。「朝の読書」の様子を見せてもらうためである。およそ20年前に千葉県の高校の先生が提唱して、全国の学校に広がっていった運動だ。自分で選んだ好きな本を始業前に、10分間黙読するのである。ルールは①みんなでやる②毎日やる③好きな本でよい④ただ読むだけ-があるぐらいだ。その後、学校に根付いたのだろうか? 実際に確かめさせてもらおうと、校門をくぐった。

◆朝の教室は、あちこちでワイワイ、ガヤガヤとざわついている。午前8時半、チャイムが鳴った。みんな一斉に自分の好きな本を出して、読み始めるではないか。ざわめきが突然消えて、教室は水を打ったように静かになった。先生が「本を出しなさい」など、声を出したわけではない。もちろん撮影用の大型テレビカメラが入ったからでもない。毎日の習慣になっていることは、その場の空気ですぐに分かった。

◆10分の静寂の読書の時間が終わると、再びチャイムが鳴って1時間目の授業が始まった。動から静へ、そして静から動へ。そのメリハリは心地よく、感動的でさえあった。朝の読書推進協議会によると、全国で小中高の2万6,000校、岡山県では小、中学校の9割近くが実施している。ただ高校は4割を切るそうだ。

◆朝の読書の成果は、読解力が向上した、他の授業にも集中力が出た、落ち着きが出た…などさまざまに報告されている。生徒は決して活字嫌いではない。きっかけさえ与えてやれば、本好きになる。その好例ではないだろうか。なぜここまで広がったかについては、「ただ読むだけ」に求めたい。本を読んで、感想も、解釈も、答えも、求められないのだ。実際、答えが付きまとう国語の授業で、本が好きになった人は少ないのではないだろうか。自分の例で言っても、まず文法ありきの古文(日本の古典)は、残念なことに長く遠ざけてきた。

◆子どものころは、好きな本を、自由に読む時間を持ってほしい。朝の読書でも、本を読むことは面白いことなんだと、感じることが一番なのだろう。ぜひ面白い本、人生を決めるような一冊の本に出合ってほしい。10月27日からは「読書週間」。