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30   地元選手を応援できる冬の五輪

2月5日(金) 00:00

◆「一番古い冬のオリンピックの記憶は?」。以前聞かれた時、とっさに出た答えが「猪谷千春選手が銀メダルを獲った大会」だった。54年前の1956年、イタリアのコルティナダンペッツォで開かれた五輪である。まだ家にテレビはなかった。ラジオと新聞、それに映画館で上映されたニュースで、かなり強い印象が刻み込まれたようだ。

◆日本人初の冬季五輪メダリストが誕生したその大会では、トニー・ザイラーという大スターも生まれた。猪谷選手が銀だった回転をはじめ、大回転、滑降で金を独占し、アルペン三冠王に輝いたのだった。トニー・ザイラーはその後、俳優や歌手としても活躍した。昨年亡くなったが、「白銀は招くよ!」の弾むようなメロディーは、今もスキーシーズンになると流れてくる。そうした後からの記憶も重ねられて、コルティナダンペッツォは忘れられないものになったようだ。

◆40年ほど前、冬の東北を旅した時のことだ。雪に覆われた神社で、子どもたちがスキーのジャンプをしているところに出くわしたことがあった。神社の階段の片側半分を雪で固めてジャンプ台にしているのだ。深い雪の中では、野球もサッカーも出来ないのだろう。北と南の遊び方の違いに目を奪われて、ジャンプ遊びを飽きずに眺めていたものだった。

◆瀬戸内地方では、かつてはスキーやスケートは無縁のスポーツだった。冬のオリンピックといっても、遠い世界で一部の国だけがやっているぐらいの認識しかなかったのだろう。猪谷選手の16年後の札幌大会あたりから、日本選手のメダル獲得が目立ってきたが、盛り上がりは夏に比べるすべもない。それだけに温暖な瀬戸内地方、それも倉敷市出身の高橋大輔選手の、4年前のトリノ大会での8位入賞は、高橋選手自身は不本意だったようだが、快挙として長く讃えられるべきだろう。

◆バンクーバー冬季オリンピックが近づいてきた。冬のオリンピックで2大会連続で地元選手を応援できるのは、やはり凄いニュースである。しかも倉敷市が、男子フィギュアの世界でトップレベルの選手を生んだということは…。日本時間の17日のショート、19日のフリー、この冬の倉敷の昼は熱くなりそうだ。