8月10日(月) 00:00
◇後楽園の入り口、岡山県立博物館で開かれている企画展「昭和のくらし―50年前のおかやま」を見ました。昭和30年代を子どもから少年として生きてきた一人としては、懐かしさというよりは、「原点」とか「出発点」という言葉が浮かんできました。
◇昭和30年代というと、猛烈な勢いで家庭内が電化されていった時代です。当時、三種の神器と呼ばれた白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯機の当時の型が展示されていました。高価なテレビは一般家庭ではなかなか買えず、私の町には映画館ならぬテレビ館というのがありました。ごく普通の家で営業していたようで、1時間で5円か、10円でした。当時のヒーローは言うまでもなく力道山でした。
◇家電は主婦たちをしんどい家事から徐々に解放していったといいますが、子どもたちも随分その恩恵にはあずかったと思います。くど(かまど)や七輪(七厘)、風呂のたきつけに使う落ち葉(枯れ松葉が一番)を山に集めに行ったり、薪割りをしなくてもよくなりました。中でも、古代から直火で煮たり、蒸していた米を、電気釜で炊くようになったのは大変な出来事だったようです。ご飯を直火で炊いていた時代を知る団塊の世代を“最後の縄文人”と呼ぶ人もいるほどですから。
◇昭和32年に現在の岡山県庁が完成した記念に開かれた岡山産業文化大博覧会の写真やパンフレットもありました。マジックハンドと北海道のマリモにびっくりしたことを今でも覚えています。カモ井のハイトリ紙の粘りを竹の先に付け、セミ取りに使ったこともありました。子どもたちの間で人気だったカバヤ文庫は、読書への門を開いてくれた最初のものでした。
◇企画展の案内には「人々が明日への希望を持ち輝いた時代でした」と綺麗にまとめてくれています。要するに貧しかったのであり、何とか便利で、豊かな暮らしをと、もがいていた時代であったようにも思います。同時に便利さを手に入れることによって、失っていくものも確かにあったと感じさせられる企画展でした。この「昭和のくらし」展は、盆明けのKCTワイドでも詳しく紹介する予定です。