立石おじさん おかやまの昔話

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【第8話】 ウソの皮

昔な、備中の若い衆がな「一度、京の都を見て見たいもんじゃ」そう思うて、京の都に行くことにしたんじゃ。何日も何市もあるいてやっと、京に着いた。「京のまちは、大きなまちじゃ。大きなお寺がある。大きなお宮がある。ようけいこと家がある」一日京のまちを見物して歩いて宿に着いたんじゃな。その日は、お客が多ゆうて、3人の相部屋になったんじゃ。「いや、どうもすみません。わたしは、備中から来たもんですら」言うたら先客が「ああ、備中の方かな。わたしゃ、近江から来たんですら」「わたしゃ、丹波から来たんですら」滋賀県と京都の北の方から来たお客さんじゃったんじゃな。一緒に夕ごはんを食べて、そうして話をしてるうちに、だんだんだんだん国の自慢話になってきた。近江の人が、「いやいや近江にはなあ、あんたたちも知っての通り、近江には、琵琶湖という大きな湖があるじゃろ。そのことは、みんな知っとってじゃが、いやあ、湖だけじゃないんじゃ、大きな牛がおるんじゃ。見上げんと、見えんほどの大きな牛なんじゃ。じゃからよう、餌を食う。三人や五人が餌をやったんじゃ、とうてい追いつかん、毎日、十人の大人が一生懸命ワラを切って、牛に与えるんじゃけど、それでも間に合わんくらいじゃ。水を飲ませるのに、小桶に水を入れて飲ませたんじゃ、まさかにあわんもんじゃから、琵琶湖のそばに連れていって、水を飲ませる。その牛が琵琶湖に口をつけて、ゾウッ、ゾウッ、ゾウッ、ゾウッ、ゾウッ、ゾウッゾウッ、ゾウーと水を飲むと、琵琶湖の湖面がドッ、ドッ、ドッドッ、ドッ、ドッーと下がっていって、一尺(30センチ)も二尺(60センチ)も水の高さが低うなるぐらい水を飲むんじゃ。それぐらい、大きな牛がおるんじゃ」言うたら、丹波の衆が、「お前とこには、大きな牛がおるの、うちにゃな、そんな大きな牛はおらんけど、大きな栗の木がある。丹波は、丹波栗いうて有名なの知っとるじゃろ。その中で一本だけ大きな栗の木があってな、大人が十人手をつないで栗の木の幹の周りをぐるっと回っても、手が届かんほどの大きな木じゃ。何百年もたつじゃろなあ。ところが今でも、ようけいこと実がなるんじゃ。秋になって秋の風がザーッと吹いてくると、バータ、バタバタバタ、バター、バタバタ、熟れた栗の実が落ちるんじゃ、その音のうるさいことうるさいこと、一里四方、四里四方は栗の落ちる音でうるそうて眠れんほど大きな音がする。次の朝には、村の衆がみんな、大きなカゴをもって栗を拾らいにいく。あっという間にかごいっぱい拾らうことができ、また持って帰って拾らいに来るということで、まあ、一面栗だらけ、たくさんなるんじゃ。そんな栗の木があるぞよ」言うたら備中の若い衆「あ、備中にもあるぞ、大きなんが」「何があるんな」「いやいや、備中には、大きなんがあるぞ、負けりゃあへんぞ」「どげえな、大きなもんがあるんなら」「いや、大きいのなんのいうて、大きいいぞ」「何が大きいんなら」「いや、いや、あれじゃって、ああ、大きな太鼓があるんじゃ。この太鼓いうたら、大人十人が手をつないで、ぐっと回ってやっと届くか届かんほどの胴回りをしとる。その太鼓を大きな桐の木でドンと打とうものならドン、ドロドロドロドロドロドロドロドロ~十里40キロ先までも音が聞こえるほどの大きな太鼓じゃ」「大きな太鼓じゃの、それで、その太鼓の胴は、何で作ったんなら」「いや、それじゃって、それがな、丹波の国に大きな栗の木があるもんじゃから、その栗の木をもろうてな、大工が何十人もかかって穴を掘って、やっと作りあげたんじゃ」それで、太鼓の皮は何を張ったんじゃ」「いや、それがな、近江の国に大きな牛がおるというもんじゃからその大きな牛の皮を剥いで、片一方に張ったんじゃ。それで大きな太鼓ができたんじゃ」「片一方の皮は、近江の牛の皮で張ったんじゃろうけど、もう一方の皮は、何の皮で張ったんなら」「それじゃって、ウソの皮じゃ」昔こっぷり。

最終更新日: 2010年6月21日(月) 20:15 更新者: