戦国時代、常山城で無念の死を遂げた女軍たちの供養祭が、玉野市の常山山頂で2年ぶりに行われました。
標高307mの常山には、天正3年=1575年に無念の死を遂げた女軍たちの供養塔があります。
毛利勢の攻撃を受け、常山城主・上野隆徳の妻・鶴姫が、侍女34人とともに敵陣へ攻め込み、最後は城で命を絶ったという言い伝えです。
供養祭にはおよそ100人が出席し、女軍の墓に線香を手向け、先人の無念に思いを馳せました。
そして、参加者が輪になって、玉野の地踊り「かっからか」を奉納。
歌と踊りで女軍の霊をなぐさめました。
かっからかを踊る供養祭は、昭和49年=1974年から毎年この時期に行われています。
去年は常山城が攻め落とされてから450年の節目でしたが、悪天候のため中止になりました。
そして、2年前から二度にわたり女軍の墓が倒される事件があり、存続が危ぶまれましたが、今月玉野市が史跡の保護を目的に、監視カメラを設置。
今年は安心して供養祭を迎えられました。
また今回は、常山周辺の歴史や文化を学ぶグループと、地元荘内中学校の生徒が初めて参加しました。
「かっからか」の踊り方がわからない中学生に、地踊り保存会のメンバーがアドバイスしました。
飲み込みが早い中学生は、たちまち踊りの輪に加わりました。




